祭祀における踊りの役割

[第4回] 祭りと踊りで、市東真一さんが祭祀に参加して踊った時、「我も忘れて踊る、夢中で踊る」感覚だったと話してくださりました。
「祭祀での踊り」は踊りの起源ともいわれ、自分も今までなんとなく、そうなんだろうと思っていましたが、普段自分が踊っている踊りと、祭祀での市東さんの踊りの経験は、どこかかけ離れているようにも感じました。
そこで今回は、「祭祀での踊り」はどのような役割だったのか、色々と調べてみたいと思います。
「祭祀での踊り」といっても海外も含め様々な祭祀がありますので、今回は糸口として、日本人としては一番身近に感じるであろう、盆踊りを考えてみたいと思います。

盆踊りの起源

平安時代、空也上人によって始められた踊念仏が、民間習俗と習合して念仏踊りとなり、盂蘭盆会の行事と結びつき、精霊を迎える、死者を供養するための行事として定着していった。死者の供養の意味合いを持っていた初期の盆踊りは、新盆を迎える家に人々が赴き、家の前で輪を作って踊り、家人は踊り手を御馳走でもてなした。盆には死者が家に帰って来るという考え方から、頬被りをして人相を隠し、死者の生き返った姿に扮した人がその物語を演じたという。

盆踊りーWikipedia

どうやら、踊念仏というものが盆踊りの起源のようです。
では空也上人によって始められた踊念仏とは……

時宗・一向宗(一向俊聖の系統のことで浄土真宗とは別宗派、後に時宗一向派とされたが、昭和になって浄土宗に帰属)の僧が遊行に用いるようになり全国に広まった。天道念佛(もとは天童念佛と書いた)とも言われる。雨乞い念仏の一種と見られている。

踊念仏ーWikipedia

遊行(ゆぎょう)とは……

仏教の僧侶が布教や修行のために各地を巡り歩くこと。空海、行基、空也、一遍などがその典型的な例である。「少欲知足」を主旨とし「解脱」を求める。

遊行ーWikipedia

つまり、布教や修行のために各地を巡り歩く際に、念仏を唱えながら(あるいは誰かに唱えてもらいながら)踊ったことが起源となり、民間の精霊を迎える死者を供養する行事と結びつき盆踊りになった、というところでしょうか。
盆踊りについての引用部に「頬被りをして人相を隠し、死者の生き返った姿に扮した人がその物語を演じた」とありますから、割と演劇的だったのかもしれません。

盆踊りで人が踊る理由

盆踊りについて更に調べているとこんなサイトを見つけました。


https://omatsurijapan.com/blog/bonodori_history/

このサイトによると祭祀・祭礼での踊りは、以下のような役割があったようです。

  1. 感情表現と、感情コントロールのため
  2. 神様とのコミュニケーションのため
  3. 共感性を高めるため

このサイトによると、
「踊りによる身体の動作は脳の機能・精神と分けて考える事のできないもの」
「踊りは言語を使わずとも感情を表現できる手段」
とのことです。なるほど確かにそうかもしれませんよね、言葉が通じずとも踊りを通して相手に何かを伝えることはできそうです。
でも盆踊りにはあまり「感情を表現している」という印象はありません。
具体例を挙げることができませんが、豊作を祝う祭祀等で踊られる踊りは喜びを表していると見て取れたりするのでしょうか。
「もう一方で、ヨガのように感情をコントロールする手段としての踊りも存在します」
そうですよね、実際にヨガをすると、身体が整うだけでなく、気持ちも整い、前向きになれる気がします。
祭祀での踊りはこの両方の役割があるようです。

また、「踊り狂うことで精神を集中させ、一種のトランス状態に入って祈祷していた」というように、“トランス状態”に入ることも一つ大きな役割を担っていたようです。
さらに、「複数人で音楽に乗せて同じ踊りをおどることで、非常に高い感情の共感性が生まれ」、「音楽のリズムが一定で集団の数が多ければ多いほど、感情の共感性が高くなる」ことが明らかになっているそうで
(この話は以前井戸端会議メンバーの安藤さんがされていた軍政期のラジオ体操のお話にも繋がりそうですね)、
私は通りすがりや街の行事に少し参加する程度しか経験がありませんが、なんとなく盆踊りは、多くの人と同じ動きをすることで気持ちを一つにする、皆の願い(死者の供養)を神に届ける、という印象を持っています。
こう考えると改めて、「踊る」という行為は人間の本能的な行為のように思えてきます。

更に、一遍上人が「踊りの疲れと興奮の果に煩悩は去り仏と一心になる」と民衆に教えを説き、「南無阿弥陀仏を唱えることで、穢れたものでも極楽往生が叶う」と人々に希望を与えたため、宗教的呪術性高い感情の共感性が起因となって、踊り念仏は大衆の間に急速に広まっていったそうです。
私は宗教にはとても疎いですが、信仰心というのは絶大な力を持っているなぁと改めて思わされます。

やがて、盆踊りは宗教行事でありながら、男女の出会いの場として賑わいを見せます。古来日本では「性」は神聖なものとして扱われてきました。祭礼・神事の際には、既婚者同士で関係を持つなどした、「非日常的な行為」こそ神聖とされていました。当時の若い男女は年一度の出会いの場、エネルギーを発散させる場として盆踊りを楽しんでいました。夜通し踊る盆踊りでトランス状態になった人々は、「性的」共感性が高くなっていた事が予想できます。しかし、風紀の乱すとして江戸時代の頃から度々盆踊りは取り締まられてきました。明治時代に入り西洋の文化が浸透したことで、盆踊りはわいせつなものとして警察に禁止され一時的に衰退してしまいます。

https://omatsurijapan.com/blog/bonodori_history/

盆踊りがわいせつな物として禁止された時期があったなんて知らなかった……。
普段の交友関係等関係なしに、多くの人が集まる、そして宗教的な意味合いも持ち、多くの人が一緒にトランス状態に陥るわけですから、無理もないのかもしれません。
盆踊りの起源では割と演劇的なものだったのかもしれない、と思ったのですが、トランス状態に陥る状況って、市東さんも話されていたような「我をも忘れる状態」だろうと思います。
そうなるとおそらくその人に“役”は無いでしょうし、“個”の認識も薄れていくのでは無いでしょうか。
“個”を超越して、ただただ多数の男と女になる。
その感覚が神聖なものへと繋がっていったのかもしれません。
これも全て、“盆踊り”という人が集まる場があったからこそ生まれたものであって、簡単に不特定多数の人が集まることが難しくなってしまった今からすると、“人が集まる”ということの持つ大きな意味を感じざるを得ません。

祭祀での踊りと、普段自分が踊っている踊りがかけ離れているように感じたのは、そもそも普段私は“トランス状態に入ること”を目的としていないからかもしれません。
でも、コンテンポラリーダンサーにも神に捧げる想いで踊っていらっしゃる方もいらっしゃいますし、大群舞の作品に出演させてもらった際には“トランス状態”に入ったような体験をしたこともあります。
この時代に、なぜ踊るのか。
踊るという行為が持つ、こうした特性を理解した上で考えてみると、また一つ深みを持てるような気もします。
今回も素敵なお話をありがとうございました。

この記事は、ダンスを外から見つめる・語る [第4回] に関連して書かれた個別レポートです。
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この記事を書いた人

ダンスを創ったり踊ったりホールで働いたりしています。映像身体学科卒業、21世紀社会デザイン研究科修了。日々の生活の中での気づきを大切にしています。